コーヒーを口に含んで、いい香りだと思う。でもその先の言葉が出てこない。豆の袋に書かれたフローラル、ナッツのよう、チョコレートのような香りといった説明を読んでも、自分のカップのどこを嗅げばそう感じるのかがつかめない。香りの表現でつまずく人は多いのですが、原因の多くは鼻の感度ではなく、嗅ぐタイミングと言葉の引き出しが整理されていないことにあります。
先に結論をお伝えすると、コーヒーの香りには、挽いた粉の香り、淹れた液体から立つ香り、口に含んでから鼻へ抜ける香りという3つの場面があり、それぞれ呼び名も、立ちやすい香りの種類も違うと説明されています。そして言葉そのものは、自分で一から考えなくても、国際的な官能評価の用語集やフレーバーホイールから借りてくることができます。
この記事では、Specialty Coffee Association(SCA)のハンドブック、World Coffee Researchの用語集、全日本コーヒー協会や食品安全委員会の資料をもとに、香りが生まれる理屈から、言葉の選び方、家でできる練習の手順までを順番にたどります。
・フレグランス、アロマ、フレーバーの違いと、それぞれで立ちやすい香り
・焙煎で香りが生まれる仕組みと、焙煎度ごとの言葉の変わり方
・110の属性を持つ用語集とフレーバーホイールの使い方
・香りを弱めてしまう保存と挽き方の失敗、家でできる練習手順
珈琲の香りの表現は、いつ嗅ぐかで使う言葉が変わる

香りの話を始める前に、ひとつだけ整理しておきたいことがあります。私たちが普段まとめて香りと呼んでいるものは、カッピング(コーヒーの品質を評価するための試飲)の世界では、嗅ぐタイミングごとに別の名前で呼ばれています。名前が分かれているのは、タイミングによって感じ取れる香りの種類が違うからです。
挽いた粉の香りはフレグランスと呼ぶ
豆を挽いた直後、まだお湯を注ぐ前の乾いた粉から立つ香りを、カッピングではフレグランスと呼びます。SCAが発行するSCA Coffee Sensory & Cupping Handbookでは、フレグランスは乾いたコーヒー粉の匂い、アロマは抽出したコーヒー液から立つ匂い、と区別されています。
なぜ粉の段階を独立させるのかというと、ここでしか目立たない香りがあるからです。同じハンドブックは、バターのような香り、はちみつ、花、果物といった繊細な香りは、フレグランスの段階で最も目立ちやすいと説明しています。揮発しやすい軽い成分ほど、お湯を注ぐ前の段階で先に鼻に届く、という理屈です。
家でやりがちなのが、挽いたらすぐドリッパーに移してお湯を注いでしまうことです。これだと、繊細な香りを感じ取る機会そのものを飛ばしてしまいます。ミルの受け皿や容器を鼻に近づけ、ゆっくり吸い込んでからドリッパーに移すだけで、粉の段階の香りに意識が向きます。言葉にするのはここが一番の入り口です。
淹れたあとの湯気はアロマ、カッピングでは2回嗅ぐ
お湯を注いだあと、液体から立ちのぼる香りがアロマです。日常会話では香り全般をアロマと呼ぶこともありますが、カッピングの用語としては、抽出したコーヒー液の香りに限った意味で使われています。言葉の意味が日常語と少しずれている点は覚えておくと混乱しません。
SCAのハンドブックによると、カッピングではアロマを2段階で評価します。粉の上にできた層(クラスト)が残っている状態で一度嗅ぎ、そのクラストをスプーンで割った瞬間にもう一度嗅ぐという流れです。割った瞬間は閉じ込められていた香りが一気に立ちのぼるため、同じカップでも印象が変わることがあります。
そしてアロマで優勢になりやすいのは、フレグランスとは別のグループです。ハンドブックでは、メイラード反応に関係する化合物、具体的には甘い香りの群や、ナッツ・ココアの群の香りがアロマでは優勢になる傾向があると説明されています。粉の段階で花や果物を感じ、液体になってからナッツやココアを感じる、という変化は理屈どおりの現象なのです。
家で淹れるときは、蒸らしの湯を注いだ直後と、抽出し終えたサーバーの口元の2回、意識して嗅いでみてください。2回のメモを並べると、変化そのものが表現の材料になります。
口に含んでから鼻へ抜ける香りがフレーバーの正体
3つ目の場面が、口に含んだあとです。カッピング用語のフレーバーは、口の中で感じる味と、口から喉の奥を通って鼻へ抜ける香りが合わさってできる、ひとつの印象を指します。ハンドブックでは、口から鼻へ抜ける嗅覚の感覚が、口の中の味や触感と組み合わさり、脳の中でひとつのフレーバーとして意識される、と説明されています。
ここで出てくるのが、香りが鼻に届く2つの経路です。鼻先から直接吸い込む経路をオルソネーザル、口から喉を通って鼻の奥へ届く経路をレトロネーザルと呼びます。フレグランスとアロマはオルソネーザル、フレーバーの香りの部分はレトロネーザルで感じている、と整理できます。
やりがちなのは、香りは鼻で嗅ぐもの、味は舌で感じるものと分けて考えすぎることです。口に含んだあと、鼻から静かに息を吐いてみると、さっき鼻先で感じたのとは違う香りに気づくことがあります。口に含んで終わりにせず、飲み込んだあとの息まで観察対象にするのがコツです。
実は、鼻をつまむと味の多くが消える
意外と知られていないけれど、私たちが味だと思っている感覚のかなりの部分は、実は香りが担っています。SCAのハンドブックには、風味の感覚のうちどこまでが口から鼻へ抜ける香りによるものかを知りたければ鼻をふさいでみればよい、という趣旨の記述があります。鼻が詰まっているときに食べ物の味がぼやけるのと同じ現象です。
これを家で確かめるのは簡単です。鼻をつまんだまま一口含み、舌の上で少し転がしてから、指を離して鼻から息を吐きます。つまんでいる間は苦味や酸味の輪郭しか分からず、指を離した瞬間に香りが戻ってくる感覚があるはずです。その戻ってきた部分こそが、フレーバーの香りの成分です。
この体験をしておくと、香りの表現が苦手だと思っていた人ほど、実はずっと香りを感じていたことに気づきます。言葉にできなかったのは、味と香りを分けて意識していなかっただけかもしれません。表現の練習は、まず感じ分けることから始まります。
フレグランス=挽いた乾いた粉の香り。アロマ=抽出したコーヒー液から立つ香り(カッピング用語としての意味)。フレーバー=口中の味と、口から鼻へ抜ける香りが合わさったひとつの印象。オルソネーザル=鼻先から嗅ぐ経路。レトロネーザル=口から喉を通って鼻へ抜ける経路。いずれもSCAのハンドブックでの定義に沿った整理で、日常語の使い方とは異なる場合があります。
そもそもコーヒーの香りはどこから来る?焙煎がつくる千種類を超える成分
香りを言葉にするとき、その香りがどこで生まれたかを知っていると、選ぶ言葉に筋が通ります。コーヒーの香りの大部分は、豆が育った畑ではなく、焙煎の釜の中でつくられています。
生豆の段階では、あの香りはまだない
収穫して精製したばかりの生豆を嗅いでも、私たちがコーヒーらしいと感じる香りはほとんどしません。全日本コーヒー協会の焙煎・配合・粉砕のページには、「生豆には感じられないコーヒー独特の香りは焙煎によるもの。」と書かれています。
この事実は、香りの表現を考えるうえで大きな手がかりになります。焦げた香り、ナッツやココアのような香り、甘い香りの多くは、焙煎の熱によって生まれたものだと考えられるからです。逆に言えば、同じ生豆でも焙煎の仕方が変われば香りの言葉も変わります。豆の袋に書かれた香りの説明は、産地の個性と、焙煎の仕上げ方の両方を反映したものとして読むのが自然です。
やりがちな誤解は、香りの説明を豆の産地だけに結びつけてしまうことです。同じ産地名の豆でも、焙煎度が違えば香りの言葉が違って当然です。豆を選ぶときは、産地名と並んで焙煎度の表示も確かめると、袋の香りの説明と自分の感じ方が結びつきやすくなります。
焙煎は温度と時間の組み合わせで香りを設計する作業
焙煎で香りが生まれる仕組みについて、食品安全委員会の広報誌(第17号)の巻頭記事は、「コーヒーの香り、色、味は生豆を焙煎(焙煎コーヒー豆、ロースト ビーン)する熱で生豆の成分が化学反応を起こして形成される。」と説明しています(食品安全委員会の広報誌PDF)。
同じ記事では、焙煎の条件として、温度190〜240℃、時間5〜15分の組み合わせで好みのフレーバーや色をつくる、という例が紹介されています。つまり焙煎は、温度と時間という2つのつまみを動かして、香りや色を狙った方向へ寄せていく作業だということです。
家で焙煎をしない人にとっても、この理屈は役に立ちます。焙煎の条件が違えば化学反応の進み方が違い、生まれる香りも変わる。だから、同じ銘柄でも焙煎した人や時期が違えば香りの言葉が変わることがある、と納得できます。袋の香りの説明と自分の感じ方が一致しないときに、自分の鼻を疑う必要はありません。
香りの成分は千種類以上、それでも全部は解明されていない
では、焙煎でどれくらいの香り成分が生まれるのでしょうか。SCAのハンドブックは、コーヒーには千種類を超える揮発性化合物がある、と記しています。そのうえで、どれだけ揮発しやすいかは相対的なものだ、とも添えています。軽い成分ほど早く立ちのぼり、重い成分ほど遅れて感じられる、という前の章の話とつながる説明です。
一方で、食品安全委員会の広報誌は、生豆の成分や焙煎したコーヒーの香りの成分は詳しく調べられているとしつつも、「焙煎により生成する成分の多くは未だ解明の途上であり」と書いています(出典PDF)。成分の研究はまだ続いている段階だということです。
これは表現する側にとって、むしろ気が楽になる話かもしれません。成分名を覚えなくても、香りを言葉にすることはできます。千種類を超える成分を一つずつ嗅ぎ分けるのではなく、組み合わさって生まれた印象を、身近なものの香りにたとえる。それが香りの表現の基本的な考え方です。
コーヒー独特の香りは焙煎の熱による化学反応で生まれます。香りの説明は産地だけでなく焙煎の仕上げ方も反映しているので、袋の説明と自分の感じ方がずれても不思議ではありません。成分名は覚えなくてよく、印象を身近なものにたとえることが表現の出発点です。
110の属性を集めた用語集で、香りの言葉を借りる

香りの言葉を自分で一から作ろうとすると、どうしても語彙が尽きます。そこで役に立つのが、研究者が整理した用語集です。言葉を借りれば、人と香りの話をするときにも意味がずれにくくなります。
World Coffee Researchの用語集は香りの辞書になる
World Coffee Research(WCR)は、カンザス州立大学の官能分析センターと協力して、コーヒーの官能評価のための用語集(Sensory Lexicon)を公開しています。公式ページによると、この用語集はコーヒーにある香り・風味・食感の属性を110個特定したものです。2017年10月には改訂版のLexicon 2.0が公表され、24の属性について世界で手に入りやすい参照物が追加されました。
この用語集の特徴は、ひとつひとつの言葉に定義と、その香りを確かめるための参照物が決められていることです。たとえば、レモンという言葉なら、どんな性質の香りをレモンと呼ぶのかが文章で示されています。人によって思い浮かべるものが違いがちな香りの言葉を、共通の基準にそろえるための仕組みです。
家でやりがちなのは、思いついた言葉を自由に並べて、あとで読み返しても何のことか分からなくなるパターンです。用語集の言葉を使えば、半年後の自分が読んでも、別の人が読んでも、同じ方向の香りを思い浮かべやすくなります。最初は全部を覚える必要はなく、次の項目で紹介する大きな群だけで十分です。
焦げ・ナッツ・ココア・甘さ・花・柑橘、6つの群で考える
用語集の香りの言葉は、似たもの同士がまとまった群になっています。家で使いやすい6つの群を、コーヒーの教科書調べとして整理したのが下の表です。日本語は公式の訳ではなく編集部による意訳で、右の列にはSCAのハンドブックやWCRの定義から読み取れる関連の説明を添えました。
| 群 | 用語集の言葉(一部・英語) | 日本語の意訳 | 関連する説明 |
|---|---|---|---|
| Roasted(焙煎) | Tobacco, Acrid, Ashy, Burnt, Smoky, Brown roast | たばこ、刺激的な焦げ、灰、焦げ、スモーキー、焙煎香 | AcridとAshyは過度な焙煎や燃えかすに関連する香りとして定義 |
| Nutty(ナッツ) | Nutty, Almond, Hazelnut, Peanuts | ナッツ、アーモンド、ヘーゼルナッツ、ピーナッツ | ナッツ・ココアの群はアロマで優勢になりやすい(SCA) |
| Cocoa(ココア) | Chocolate, Cocoa, Dark Chocolate | チョコレート、ココア、ダークチョコレート | 同上(アロマで優勢になりやすい) |
| Sweet(甘い香り) | Molasses, Maple Syrup, Brown sugar, Caramelized, Honey, Vanilla | 糖蜜、メープルシロップ、黒糖系の砂糖、キャラメル、はちみつ、バニラ | はちみつはフレグランスで目立ち、甘い香りの群はアロマで優勢になりやすい(SCA) |
| Floral(花) | Floral, Rose, Jasmine, Chamomile, Black tea | 花、バラ、ジャスミン、カモミール、紅茶 | 花の香りはフレグランスで目立ちやすい繊細な香り(SCA) |
| Citrus(柑橘) | Lemon, Grapefruit, Orange, Lime | レモン、グレープフルーツ、オレンジ、ライム | 果物の香りはフレグランスで目立ちやすい(SCA) |
出典:World Coffee Research Sensory Lexicon、SCA Coffee Sensory & Cupping Handbook。日本語は編集部による意訳です。
この表を手元に置いて嗅ぐと、何となくいい香りだったものが、甘い系か、ナッツ系か、花系か、というところまで絞れます。最初は群の名前を当てるだけで十分です。
レモンやアッシュには定義がある、だから言葉が揃う
用語集の言葉が便利なのは、どれも定義がついているからです。WCRが公開している用語集の本文PDFでは、たとえばレモンは、レモンに関連する、クエン酸のような、酸っぱい、渋みのある、わずかに甘い、皮っぽい、やや花のような香り、と定義されています(意訳)。
焙煎の群も同じです。アクリッドは、過度に焙煎されたり焦がされたりしたものに関連する、鋭く刺すような、苦く酸っぽい香り。アッシュは、燃えかすに関連する、乾いて埃っぽく、汚れたような、煙たい香りと定義されています(いずれも意訳)。どちらも焦げのように聞こえますが、定義を読むと方向が違うことが分かります。
やりがちなのは、レモンと書いたのに、実は酸味のことを言っていたというずれです。用語集のレモンは香りの言葉で、酸っぱさだけを指すわけではありません。酸味を感じたなら酸味、柑橘の皮のような香りを感じたならレモン、と分けて書くと、メモの精度が上がります。定義を一度読んでおくことが、言葉を正しく使う近道です。
用語集は最終回答ではない、という前提で使う
用語集は便利ですが、あらゆるコーヒーの香りを言い尽くすものではありません。2016年にこの用語集をもとにした新しいフレーバーホイールが公表された際の報道では、コーヒーの表現方法を世界的に決める最終的な言葉ではない、という趣旨のコメントが紹介されています。
実際、用語集の言葉には、日本の家庭では馴染みの薄いものも含まれています。メープルシロップや糖蜜を普段から嗅いでいる人は多くないかもしれません。そうした言葉を無理に当てはめるより、自分がはっきり思い出せる身近なものの香りにたとえたほうが、正確な記録になることもあります。
コツは、用語集の群を大きな枠として使い、その中の具体的な言葉は自分の経験で補うことです。たとえば甘い香りの群だと分かったら、黒糖に近いのか、はちみつに近いのかを、家にある食品を実際に嗅いで比べてみる。用語集は地図、自分の経験は現地の目印、という役割分担で考えると使いやすくなります。
フレーバーホイールは内側から外側へ読む
用語集を見やすい形にまとめた道具が、フレーバーホイールです。円グラフのような図に香りや味の言葉が並んでいて、カフェや豆の袋で目にしたことがある人も多いはずです。見た目は複雑ですが、読み方の順番さえ分かれば、家でもすぐ使えます。
ホイールは用語集を土台にした地図
現在よく目にするフレーバーホイールは、米国スペシャルティコーヒー協会(SCAA)が2016年1月に公表したコーヒーテイスターズ・フレーバーホイールです。1995年に作られた旧版を改訂したもので、公表時の報道では、WCRの用語集が新しいホイールの土台になっていると説明されています。言葉のまとまり方は、カリフォルニア大学デービス校での研究によって決められたとされています。
つまりホイールは、前の章で紹介した110の属性を、似たもの同士が隣り合うように円の上に並べ直した地図のようなものです。内側に大きな分類が、外側に向かうほど具体的な言葉が置かれています。花の分類の外側にジャスミンやバラが、果物の分類の外側に柑橘が、といった並び方です。
やりがちなのは、ホイールの外側の細かい言葉から探し始めてしまうことです。外周には言葉がたくさん並んでいるので、どれも当てはまる気がしたり、どれも違う気がしたりして迷います。地図を読むときにまず国や地方を決めるのと同じで、ホイールも内側から入るのが基本です。
内側の大分類から一語ずつ外へ進む
ホイールの使い方は、内側の大分類から外側の具体的な言葉へ進む、という一方向の流れです。実際に家で使うときの手順を整理しました。
大事なのは、途中で止めてよいということです。ホイールの外周まで進めなかったからといって、表現が不十分なわけではありません。花のような香り、と大分類で書いたメモは、あいまいな言葉を無理に選んだメモより信頼できる記録になります。
正解当てに使うとつまずく
ホイールは香りや味の言葉を整理した道具であって、そのカップの正解を決めるものではありません。豆の袋にジャスミンと書いてあっても、自分がそう感じなければ、それは焙煎からの日数や淹れ方、体調など、さまざまな条件の違いで説明できることです。正解探しの道具として使うと、感じ取れない自分を責めることになり、香りを楽しむどころではなくなります。
よくある失敗は、袋の説明を先に読んでからホイールを開き、そこに書かれた言葉を探しにいくことです。こうすると、実際には感じていない香りまで感じた気になってしまいます。先入観の影響を減らしたいなら、袋の説明は嗅いでメモを取ったあとに読むのがおすすめです。
コツは、ホイールを答え合わせではなく、言葉の候補を広げるためのメニューとして眺めることです。自分のメモと袋の説明が同じ大分類に入っていれば、それだけで十分に一致しています。外周の言葉まで同じである必要はありません。ずれていたら、その理由を考えること自体が次の発見につながります。
浅煎りと深煎りで、香りの言葉はどう変わる?
同じ豆でも、焙煎度によって香りの言葉は変わります。焙煎で香りが生まれるのですから、焙煎の進み具合で香りが変わるのは自然なことです。ここでは全日本コーヒー協会の焙煎度の区分を軸に、言葉の変わり方を整理します。
協会の区分では浅煎り・中煎り・深煎りがこう分かれる
全日本コーヒー協会の焙煎・配合・粉砕のページでは、焙煎度を浅煎り・中煎り・深煎りに分け、それぞれに複数の段階を対応させています。香りに関わる記述と合わせて整理すると、次のようになります。
| 項目 | 浅煎り | 中煎り | 深煎り |
|---|---|---|---|
| 含まれる焙煎度 | ライトロースト、シナモンロースト | ミディアムロースト、ハイロースト、シティロースト | フルシティロースト、フレンチロースト、イタリアンロースト |
| 協会ページの香りに関する記述 | ライトは香り・コクはまだ薄い。シナモンはまだ青くささが残る | (このページでは香りの個別記述は確認していません) | フレンチは強い苦味と独特の香りが楽しめる |
| 表現のヒント | 粉の段階の繊細な香りを丁寧に拾う | 甘い香り・ナッツやココアの群から探し始める | 焙煎の群の言葉と苦味を分けて書く |
注意したいのは、シティローストが中煎りに入っている点です。名前の響きから深煎りだと思われがちですが、協会の区分では中煎りです。焙煎度の名前で香りを予想するときは、この区分を基準にしてください。

コーヒー豆を買うとき、パッケージに浅煎り・中煎り・深煎り、あるいはシティロースト、フレンチローストといった表示を見かけますよね。なんとなく苦そう、酸っぱそうと想…
浅煎りで青くささを感じたら、焙煎の段階を思い出す
浅煎りの豆を淹れて、草のような、青いような香りを感じることがあります。これは自分の淹れ方の失敗とは限りません。全日本コーヒー協会のページでは、シナモンローストについて「シナモン色。ごく浅い炒り方で、まだ青くささが残る。」と説明されています(全日本コーヒー協会)。焙煎がごく浅い段階では、こうした香りが残ることがあるということです。
同じページでは、最も浅いライトローストについて「香り・コクはまだ薄い。」とも書かれています。浅煎りだから香りが華やか、と単純には言えず、焙煎の段階によっては香りそのものが控えめなこともあるわけです。
浅煎りの豆の香りを表現するときのコツは、まず粉の段階で丁寧に嗅ぐことです。SCAのハンドブックが説明するとおり、花や果物、はちみつのような繊細な香りはフレグランスで目立ちやすいとされています。抽出液や口中で見つけられなくても、粉の段階ではっきり感じられることがあります。青くささを感じたなら、それも正直に書き留めておくと、焙煎度との関係が後から見えてきます。
深煎りは焦げの言葉と苦味を分けて考える
深煎りの豆では、焙煎の群の言葉が増えます。全日本コーヒー協会のページでは、フレンチローストについて「強い苦味と独特の香りが楽しめる。」と書かれています(全日本コーヒー協会)。ここで苦味と香りが別々に書かれていることに注目してください。苦味は舌で感じる味、香りは鼻で感じるもので、深煎りの表現ではこの2つを分けて書くと整理しやすくなります。
焙煎の群の中にも、方向の違う言葉が並んでいます。用語集の定義では、アクリッドは過度に焙煎されたものに関連する鋭く刺すような香り、アッシュは燃えかすに関連する乾いて埃っぽい香りです。一方でブラウンロースト(焙煎香)や、ココア、ダークチョコレートのような言葉もあります。深煎りの香りを感じたら、刺すような焦げなのか、穏やかな焙煎香なのか、ココアに寄っているのかを考えると、表現の幅が広がります。
深煎りの豆を淹れるときは、抽出液から立つアロマの段階を特に意識してみてください。ナッツやココアの群はアロマで優勢になりやすいとされているので、湯気の中にそうした香りを探すと見つけやすくなります。
深煎りを飲んで、苦い、焦げっぽいとだけメモしてしまう。原因は、舌で感じる苦味と、鼻で感じる焙煎の香りを一緒に扱っていることと、焙煎の群の言葉を一種類しか持っていないことです。対策は、苦味は味の欄に、香りは香りの欄に分けて書くこと。そのうえで、刺すような焦げ(アクリッド)、灰のような香り(アッシュ)、穏やかな焙煎香、ココアやダークチョコレートのうち、どれが近いかを選ぶと、同じ深煎りでも豆ごとの違いを言葉にできます。
香りが弱く感じるのは、鮮度と挽き方のせい?
香りを言葉にしようとしても、そもそも香りが弱ければ表現のしようがありません。家で淹れたコーヒーの香りが物足りないと感じるとき、原因が豆そのものではなく、保存や挽き方にあることがあります。
焙煎したてが香気成分のピーク
全日本コーヒー協会の焙煎・配合・粉砕のページには、「焙煎されたてのコーヒーが香気成分が最も多く、次第に劣化していきます。」と書かれています。焙煎で生まれた香りは、焙煎した瞬間から少しずつ失われていくということです。
前の章で触れたとおり、コーヒーの香り成分は揮発性の化合物です。揮発しやすい軽い成分ほど早く立ちのぼるということは、裏を返せば、時間がたつと早く失われやすいとも考えられます。粉の段階で目立つ繊細な香りは、とくに鮮度の影響を受けやすいと意識しておくとよいでしょう。
やりがちなのは、香りを表現する練習に、開けてから時間がたった豆や粉を使ってしまうことです。香りが少ない状態で練習しても、言葉が浮かばないのは当然です。練習に使う豆は、袋に記載された焙煎日や賞味期限の表示を確認し、開封してからあまり時間がたっていないものを選ぶと、香りの変化をつかみやすくなります。
粉にした瞬間から劣化が速くなる理由
豆のままか、粉にしてあるかでも、香りの持ちは変わります。同じ協会のページでは、「豆は粉状になると表面積が増えるため、湿気を吸いやすく酸化が進んで劣化します。」と説明されています(全日本コーヒー協会)。
粉にすると、豆の内部にあった部分が空気に触れるようになります。表面積が増えれば、湿気を吸う面も、酸素と触れ合う面も増えます。挽いた粉から香りが一気に立つのは、同じ理由で香りが外へ出ていきやすくなっているからでもあります。挽いた瞬間の香りが強いのは、香りが逃げ始めている合図とも言えます。
香りを表現する練習には、できれば豆で買って、淹れる直前に挽くのが向いています。フレグランスを嗅ぐ機会がはっきり生まれるうえに、粉の状態で置いておく時間が短くなるからです。粉で買う場合は、使う分だけを出して、残りはすぐに袋を閉じる習慣をつけておきましょう。

挽くときの熱も香りを減らす
もうひとつ見落とされやすいのが、挽くときの熱です。全日本コーヒー協会のページには、「コーヒーを挽く際に発熱すると、コーヒーが変色し、抽出後の香りが減少します。」とあります(全日本コーヒー協会)。豆を細かく砕く動作は摩擦を伴うので、挽き方によっては粉が熱を帯びることがあります。
この記述で注目したいのは、香りが減るのが抽出後だという点です。挽いた瞬間は香りが立っていても、淹れたコーヒーの香りが物足りなくなる可能性があるということです。粉の段階では十分に香ったのに、カップでは香りが弱いと感じたとき、原因のひとつとして挽くときの熱を疑ってみる価値があります。
手挽きミルを急いで勢いよく回したり、電動ミルを長く回し続けたりして、粉が熱を帯びている状態です。協会の説明では、挽く際の発熱は抽出後の香りを減らすとされています。対策は、ミルの取扱説明書に書かれた使い方の範囲で、必要な量だけを落ち着いて挽くこと。さらに、開封した袋を口が開いたまま置いておくと香りの成分が散逸しやすいので、使ったらすぐに閉じる習慣もセットにしましょう。
保存は閉めて冷暗所が基本
香りを守る保存の基本について、全日本コーヒー協会のレギュラーコーヒーの表示に関するページは、「レギュラーコーヒーは開封すると香りの成分が散逸しやすく、吸湿、酸化が進むので、きっちり閉めて冷暗所での保存が基本です。」と説明しています。
ここまでの話と合わせると、香りを弱める要因は、時間の経過、粉にすることによる表面積の増加、挽くときの熱、開封後の散逸と吸湿・酸化、そして光や温度だと整理できます。どれも、焙煎で生まれた揮発性の香り成分を守るという一点でつながっています。
保存の日数の目安は商品や保存方法によって変わるため、ここでは書きません。袋や容器に記載された表示とメーカーの案内を確認してください。保存容器の素材や冷凍の扱いは別の記事で詳しく整理しています。

袋を開けたコーヒー粉が、気づけば棚の奥で何週間も眠っていた。最初の一杯はふわっと香ったのに、最近はお湯を注いでも香りが立たない。そんな経験はありませんか。粉の香…
家でできる珈琲の香りを表現する練習とシーン別のコツ
ここまでの理屈が分かれば、あとは手を動かすだけです。特別な道具は必要ありません。いつもの1杯を淹れるときに、嗅ぐタイミングと書き留め方を少し変えるだけで、香りの言葉は少しずつ増えていきます。
3回嗅いでメモする、いつもの1杯でできる手順
練習の基本は、SCAのハンドブックが区別している3つの場面に合わせて、1杯につき3回嗅ぐことです。1回目は挽いた直後の粉(フレグランス)、2回目は抽出液から立つ湯気(アロマ)、3回目は口に含んでから鼻へ息を抜いたとき(フレーバー)です。それぞれで感じたことを、メモ帳やスマートフォンに3行に分けて書き留めます。
3回に分ける理由は、場面ごとに立ちやすい香りが違うからです。ハンドブックの説明では、花や果物、はちみつのような繊細な香りはフレグランスで、甘い香りやナッツ・ココアの群はアロマで目立ちやすいとされています。1回だけ嗅いで全部を書こうとすると、どの場面の香りなのかが混ざってしまいます。
やりがちなのは、飲みながら一度にまとめて書こうとすることです。口に含んだ段階では、粉の段階の香りはもう記憶の中にしかありません。その場で1行ずつ書くのがコツです。言葉が出なければ空欄でかまいません。空欄があることも、その場面の香りが控えめだったという記録になります。
大分類の一語でいい、あとから細かくする
最初からジャスミンやヘーゼルナッツといった具体的な言葉を書こうとすると、手が止まります。練習の初期は、用語集の群の名前、つまり花、果物、甘い、ナッツ、ココア、焙煎のどれかを一語書くだけで十分です。フレーバーホイールの内側から始めるのと同じ考え方です。
大分類から始める理由は、外れにくいからです。具体的な言葉ほど人によって思い浮かべるものが違い、間違えやすくなります。大分類のメモが何杯分か貯まってくると、この豆はいつも甘い系だな、といった傾向が見えてきます。その段階で、甘い系の中のどれに近いかを考え始めれば、自然に言葉が細かくなっていきます。
細かくするときのコツは、家にある身近な食品を実際に嗅いで比べることです。はちみつ、黒糖、ナッツ、ココア、紅茶の茶葉、レモンの皮など、用語集の言葉に対応するものが台所にあれば、コーヒーを嗅いだ直後に嗅いでみてください。記憶の中の香りより、目の前の参照物と比べるほうが言葉は定まります。用語集が参照物を重視しているのも、この理由からです。
シーン別:初心者・豆選び・誰かと話すとき
香りの表現は、使う場面によって求められる細かさが違います。まだ始めたばかりの人は、3場面×大分類の一語で十分です。香りを感じ分ける体験そのものが目的なので、言葉の正確さは気にせず、鼻をつまむ実験や、粉と湯気の香りの違いを楽しむところから始めましょう。
豆選びに役立てたい人は、メモに焙煎度を必ず添えてください。前の章で見たとおり、焙煎度によって香りの言葉は変わります。浅煎りでは粉の段階の繊細な香り、深煎りでは焙煎の群やココアの群、と焙煎度とセットで記録しておくと、次に豆を選ぶときに、袋の焙煎度表示と香りの説明を自分の言葉で読み解けるようになります。
家族や友人と香りの話をしたいときは、用語集やホイールの言葉を共通語にするのが便利です。それぞれが自由な言葉で話すと、同じ香りを違う言葉で呼んでいたり、違う香りを同じ言葉で呼んでいたりして話がかみ合いません。まず大分類をそろえ、次に具体的な言葉を出し合うと、感じ方の違いそのものを楽しめるようになります。
産地や精製の違いを言葉にするときの注意
産地や精製方法によって香りが違う、という話もよく聞きます。ただし、ある産地の豆が必ず特定の香りを持つ、とは言い切れません。ここまで見てきたように、香りは焙煎で大きく変わり、鮮度や保存、挽き方にも左右されます。同じ産地の豆でも、条件が違えば香りの言葉が違って当然です。
産地や精製の特徴を知りたいときは、生産国の公的機関やコーヒー協会の公式紹介を参照し、その表現の範囲で受け止めるのがよいでしょう。公式紹介で語られている香りの特徴を、自分のメモと照らし合わせる材料として使うのが現実的です。
やりがちなのは、産地名から香りを先に決めつけてしまうことです。この産地だから果物の香りがするはず、と思い込んで嗅ぐと、感じていない香りまで書いてしまいます。産地名は袋で確認しつつ、メモは自分の鼻で感じたことだけを書く。公式紹介との照らし合わせは、そのあとで十分です。
まとめ:香りは3つの場面に分けて、借りた言葉で書き留める
香りの表現は、才能よりも順番の問題です。次にコーヒーを淹れるときは、お湯を注ぐ前に一度だけ粉を嗅ぎ、花・果物・甘い・ナッツ・ココア・焙煎のどれに近いかを一語だけメモしてみてください。湯気で一回、口に含んで鼻から息を抜いて一回と続ければ、その1杯から3行の記録が生まれます。記録が何杯分か貯まったころには、豆の袋に並ぶ香りの言葉が、自分の感覚と結びついて読めるようになっているはずです。言葉は用語集やフレーバーホイールから借りてかまいません。大切なのは、自分の鼻で感じたことだけを書くことです。
※用語の定義や資料の内容は記事作成時点のものです。最新情報は各公式サイトでご確認ください。

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